2006年05月24日

積乱雲と航空機

純白の積乱雲が、あたかもカリフラワーや綿菓子のように、モコモコと発達していくのを、頻繁に目撃することのできる季節がやってきた。 見つめていると眼が痛くなるようなコロラドの青空と、真っ白な積乱雲のコントラストは、とても美しい光景なのだが、その美しさとは裏腹に、空には危険も潜んでいる。人間の本能というのは不思議なもので、美しさを越えて恐怖を感じるものは、事実として危険なことも多い。積乱雲はその代表格なのだろう。

ここコロラド州では、積乱雲の雲頂が、対流上限高度である40,000フィートを超えるまでに達することも、少なからずある。北米大陸という広大な台地の、ほぼど真ん中であるコロラド州であり、もともとの標高の高さと空気の層の薄さが、北緯40度にありながら強烈な太陽光線を提供してくれる。それゆえ、対流も活発になり、赤道直下と見まごうばかりの、畏怖さえ感じさせる雄大な積乱雲を生み出すのだろうか。

積乱雲の底面が真っ黒く見えるのは、太陽光の透過がないことであり、その上空の対流層の厚さを示している。積乱雲の対流層の厚さは、帯電現象の活発さと同義語だから、積乱雲の雲底が真っ黒くなるのであるならば、雷雲の誕生を予期しなければならない。積乱雲の底面から、ヴァーガ(地上に達する前に蒸発して消滅してしまう降雨)が目撃されたら、積乱雲の降雨の中を稲妻が走る確立はかなり高いだろう。

積乱雲の特性は、教科書などからかなりを学ぶことはできるのだが、実際の場面で冷静な判断を保つためには、場数を踏んでいくのが正道なのかもしれない。小型機のパイロットは、積乱雲を下から見上げる場合が殆どなのであるが、大型機のパイロットは。積乱雲を目線で水平か、時には見下ろす場合もあるだろう。小型の航空機と大型の航空機では積乱雲に対しても、おのずから係わり具合が違ってくるわけだが、航空機にとって、積乱雲に対する基本的なスタンスは、大型も小型もあまり変わりはないはずだ。

音が出るのだが下の動画を見て欲しい。コロラド州デンバーの東南東におよそ1400kmほど離れた、テネシー州メンフィス付近で、2003年8月23日に雷をともなった積乱雲が空港付近を覆った時の様子だそうだ。

世界最大の航空貨物会社であるFedexの本拠地に、Fedexの貨物機が積乱雲を避けつつ殺到し、空港を積乱雲が覆ってからは慌てふためいている様子が良くわかる。大きな貨物機でさえこうなのだから、セスナのような小型機ではどうなってしまうか、想像はつくだろうか。

積乱雲に接近しても、どの程度までなら被雷せず乱流に巻き込まれず、安全に飛べるかという判断は、長年の経験から、正確になってくるように思うのだが、また一方でそれが落とし穴かもしれないとも思う。自然のしっぺ返しが待っているかもしれないのだから、ちっぽけな我々は謙虚に飛ばねばならないと、いつも自分自身に言い聞かせている。

恥ずかしながら積乱雲に係わる失敗談を披露しよう。ある時、雲からかなりの距離を保ったつもりで飛んでいると、突然、ガラガラと言う凄まじいドラム音と、豪雨に遭遇したかのような悪視界に陥ってしまった。それが小粒の雹の襲撃であったことを悟ったのは、暫く経って冷静を取り戻してからのことだった。しかもその雹のサイズが、僅か大豆ほどの大きさであったことを知ったは、地上に降り立ってからのことだった。もう少し大きな雹であったなら、機体に大きなダメージを受けていたかもしれないと考えると、ゾッとする経験だった。

積乱雲にともなう、かの有名な「マイクロバースト」に関しても、そのうち書いてみたいと思っている。マイクロバーストを伴うように、積乱雲は恐ろしいのだが、それ以上に美しさもある。空から眺め、その光景に畏怖を感じることが出来るのは、パイロットの特権なのだから、これからも謙虚に積乱雲と付き合って行こうと思う、初夏のコロラドだ。

2006年05月18日

機齢(機体年齢)の話

23歳の訓練生が29年前に製造された機体で訓練を受けている図を想像してください。機齢29歳の機体と聞いた瞬間から、23歳の訓練生の顔に多少の陰りが感じられることもあります。本当に大丈夫だろうか?と。

機体構造の強度にどれ程の信頼がおけるかは、その機体が如何に整備されてきたかによるでしょう。シッカリと整備された機体なら、製造後50年以上経った機体でも、個人的には、全く不安無く飛ぶと考えています。ここジェフコでも機齢20歳を越えた機体などは、数えるのも嫌なくらい存在しています。飛行機の耐用年数は、自動車よりもずっと長いのです。

過去に飛んだ小型機で最も古いものは、1939年製 Harlow PJC-2かな?翼型がゼロ戦と同じ形状で(こちらでは日本がHarlowの翼型を購入したと聞きました)、世界に耐空状態で所有されているのが僅か3機という、稀な機体だそうです。機齢はいったい何歳になるのでしょうか?
Harlow PJC-2

大型機であれば、ダグラス社のDC-3が長生きしている機体として有名です。機齢40歳を超えてもなお、いまだ現役で運用されている機体が多数あるようです。
DC-3 - Wikipedia

軍用機であれば、ベトナム戦争時に大量の爆弾を降らせた、B-52が良い例でしょう。すでに製造後40年以上経っており、機齢50歳に迫る機体もあるようですが、幾度もの改修を行い、いまだ現役で実戦配備されているそうです。
B-52 (爆撃機) - Wikipedia

日本でも、関宿滑空場で飛んでいたPiper社のSuper Cub JA3272が、製造後50年以上にわたって飛んでいたと聞いています。機齢50歳を超えてもなお、適切な整備がなされていれば、飛行機はいつまでも飛び続けられるものです。もっとも、JA3272の場合は、50年以上にわたってのたび重なる整備や修理によって、製造時のオリジナルな部分は、ほとんど残っていなかったようですね。
パイパーL-21B JA3272の思い出

しかし、耐用年数が長いとはいえ、ある程度(機齢15歳くらい)古くなってくると、見た目にもくたびれが出るものです。そこで、古い機体を塗装し直して、機体の市場価値を上げる手法は、現在でも比較的良く行われているのが現実です。けれども、その再塗装作業もアメリカ国内で行うと結構高くつきます。再塗装に要した費用がそのまま機体価格の上昇分につながるわけではないのが、中古機市場の妙でもあります。

そのような事情もあり最近の傾向としては、米国環境局 (EPA)の監視の届かないメキシコに飛んで、安上がりの塗装を終わり帰国する手段も発案されました。ある時、当校の一機も綺麗に再化粧されて帰国したのですが、よく見てびっくり仰天……。古い塗装をグラインダーか何かで削り落としたついでに板と板を留めているリベットの頭も削って薄くしてしまい、強度不足が懸念されたのです。そんな種類の仕事を "Butcher's Job" と呼び、結局、逆に相当に高くついてしまった企てでした。"Good Try" ではあったのですが。

2006年05月08日

航空用ヘッドセット雑感

ヘッドセットが航空用として訓練に使われ始めたのは、1980年代初頭と記憶しています。それ以前は、コックピット内でも叫び合うような会話が、教官と生徒の間で交わされていました。今から思い返せば、随分と野蛮で非効率で、不健康なことをしていたものです。自分も飛び始めて最初の3年間は、ヘッドセット無しで毎日過ごした為、右耳の高周波聴力が相当に劣化しているようです。航空身体検査でも毎回指摘されてしまうのが頭痛の種。検査はパスするのですが、一生直らない障害です。

航空用ヘッドセット製造会社で有名なのが、デーヴィッド・クラーク社(David Clark)。性能と品質が良く、長持ちすることを考えると、そのコストパーフォーマンスは誠に素晴らしいと、長年にわたって愛用しています。20年前に購入したヘッドセットを、一度オーバーホールしただけで立派に性能を維持し続けるのには脱帽。近頃のアメリカ製品にしては珍しく、その品質管理が一級であるのは、航空用ヘッドセットとしてのミリタリースペックを満たす製品が、軍や消防、警察などでも使用され、果てはヘッドセットだけではなく耐Gスーツや宇宙服をも造る会社であると判れば、うなずけるものがあります。

最近では、ANRとかENC、ANCといった、ノイズキャンセルタイプの航空用ヘッドセットも広く流通しているようです。そういった意味では、ヘッドセットを選択する方にとっては悩ましい状況なのかもしれません。

« 2006年04月 | 運動航空 記のトップへ | 2006年06月 »